「今、春休みは本当に何もすることがなく、夜12時くらいまでリビングでテレビを見てスマホをいじって過ごし、2時か3時くらいまで部屋で何かやっている。朝は11時くらいになってもまだ寝ている。」
このような生活が2週間ほど続いていると言います…
皆さんはこの話を聞いて何を考えますか?
私は青少年期に野球に打ち込んでいました。文字通り、朝から晩まで野球に没頭していました。
しかし、大学4年生の夏に現役を引退し、野球から離れると、昼夜が逆転し、生活リズムが大きく崩れた惨めな生活をしていました…
その時に、よく回想していました。「ああ、一生懸命野球をしていた時は良かったなぁ」と。
芸術が好きな人たちは肉も精神も霊も健康になる。
『天のことば 私のことば』p.18より
今私は指導者という立場でスポーツに関わっていますが、スポーツや文化・芸術、それらの活動が人々の「健康」に大きく寄与していることを強く感じています。
特に、青少年たちの健全な心身を育んでいく上では、なくてはならない存在がスポーツや文化・芸術だ!と私は思います。
(部活に所属していない彼らの人生を否定しているわけではなく、スポーツや文化・芸術の世界の門を叩いてほしい、ただただ、その一心です。)
スポーツは「する」のみならず、「見る」や「支える」という多様なかかわり方もあります。
運動が苦手という方には「見る」や「支える」という側からもスポーツを眺めてみてくださいね。
表題の通り、スポーツが担う役割は本当に大きく大きいと感じます。
スポーツや文化・芸術を通じて、青少年たちが肉も精神も霊も健康に成長していけますように…
The post スポーツが青少年期の子どもたちを守る?! first appeared on キリスト教福音宣教会のスポーツ.]]>今週の御言葉ではこのような話が出た。
世界で金メダルをとった人たちも、自分の種目に精神と行動が狂って、数百回、数千回も繰り返し練習し、大会に出て最高の位置を手に入れ、最高の賞をもらったのです。
「狂う」とは韓国語の「미쳐서 하다」という訳だが、アスリートの指導者が頻繁に使っている。
そこに没頭して命を懸けて行なう人のことを傍から見ると狂ったと言えるだろう。
経験したことがある人は分かると思うが、数百回、数千回も繰り返し練習するという行為は正直狂わないとできない。
神様、聖霊、御子、イエス様を正しく分かって信じて行なったことも、それを研究し学び祈り、狂って行なったからです。最高に行なった行ないどおりにもらって生きるのです。一緒に行なわなければ、理解できず、誤解します。
チョンミョンソク牧師は聖書を数百回、数千回も繰り返し読み、山にこもって数百回、数千回も祈られた。
当然傍から見ると「狂った」となるだろう。
ゆえにたくさんの誤解を受けたわけだが、スポーツに狂うアスリートたちは理解ができるだろう。
その道、その分野、そのスポーツで最高の座につくためには狂って行なわなければ不可能だからだ。
信仰だけではなく、スポーツ選手や政治家や事業家、芸術家など、みんなそれに狂って行なって成功します。成功した人たち同士は通じ合います。
私もそれ相応の舞台で金メダルを獲得した経験があるが、自分自身が狂ったとは思っていない。
文字通り、命を懸けて行なったのだが、評価する周りの人々から見れば、おそらく「狂った」と表現するであろう。
結局、「あいつは狂った」と評価されるくらい行なわなければその分野の頂点に立つことは厳しいと思う。
スポーツ界でトップに立つアスリートたちの気概は人々の理解をはるかに超越した「狂」の世界に存在する。
スポーツのみならず、政治・経済、様々な文化・芸術、そして宗教に至るまで、誤解を恐れずに言うが、狂った人が成功すると信じてやまない。
イエス様の時も、イエス様が十字架で亡くなられても、弟子たちはイエス様に続けて狂って従いました。彼らは結局天国を建設し、永遠に生きるようになりました。
狂った人が成功します。
聖書でイエス様の時のことを詳しく読むことを願います。
*全ての引用文は2024/02/04の主日の御言葉から引用した。
私は初めてチョンミョンソク牧師とお会いしました。
当時、私は大学の運動部でトレーナーをしていたこともあり、一緒にサッカーをした後、チョンミョンソク牧師の身体のケアをさせて頂く機会がありました。
その際、身体をケアしながら衝撃を受けたことを覚えています。
この日、チョンミョンソク牧師は朝早くから御言葉を伝えられました。
その後、サッカーやバレー、テニスなどの運動をされ、さらには多くの人と面会もされながら本当に忙しくされていました。
私はごはんを食べたり、休憩したり、散策したりする時間があったのですが、チョンミョンソク牧師は休むことなく活動し続けていらっしゃって、
「体力が尽きはしないのだろうか」と、不思議に思いました。
夜には数百人の大学生たちに御言葉を伝えられました。
さらに、大学生たちと一緒にサッカーをしてくださいました。
私もGKとして出場して、チョンミョンソク牧師の姿を同じフィールド上で見ることができました。
チョンミョンソク牧師はループシュートやわずかな隙間に狙いを定めたシュートで10点以上を決める活躍をされました。
サッカーが終わったのは、なんと、24時を回った深夜のこと。
その後も、さらに御言葉を伝えてくださいました。
その時、私は大学の運動部のトレーナーとしての経験を活かして、チョンミョンソク牧師の身体をケアして差し上げたいと想いました。
その想いが天に通じたのか、実際に、チョンミョンソク牧師の大腿部、ふくらはぎのケアをすることになりました。
「これだけ一日中活動されているのだから、どれだけカチカチになっているのだろうか」と思って触ってみると、とても’しなやか’で柔軟性のある筋肉でした!
私は常日頃から多くの選手をケアする中で、全国大会で安定した成績を残す選手に共通することは「筋肉が’しなやか’だ」ということを感じていたのですが、チョンミョンソク牧師も同じようなトップアスリートの筋質だったことに強く衝撃を受けました!
休む暇なく1日中活動した後で、こんなことはありえるのだろうかと驚きを隠せませんでした!
天の身体となってこの地に愛と平和を成すチョンミョンソク牧師。
時間がない中でも皆と運動をされるチョンミョンソク牧師は、スポーツに人生を懸けて取り組んでいるアスリートと同等の筋肉質を兼ね備えた身体であるということを実際に身体をケアしたトレーナーの私がここに証したいと思います!
by.gosh
The post トレーナーの私がみたチョンミョンソク牧師の身体 first appeared on キリスト教福音宣教会のスポーツ.]]>磨きに磨かれた技術は崇高とも形容できるほどのものだが、残念なことに、それらの技術を非人道的に使う者たちがいる…
野球、わざとデッドボールを投げる…
サッカー、スライディングで足をかける…
バレーボール、わざと指をケガするようにスパイクを打つ…
これらの例はごく一部…
外からは競技中の事故に見えるがゆえに、本当に悪質だ…
アスリートたちが備えるべき、いや、人としての兼ね備えるべきものが欠如している現状を考えると非常に心が痛い…
スポーツをする者がスポーツの価値を下げるようなことは絶対にしてはいけない。
特にアスリートと呼ばれる者たちにはスポーツの価値を高める責任があるにも関わらず非人道的行為を行なっているならば言葉が出て来ない…
アスリートとしての矜持がないのだろうかと正直疑問に思う…
その裏には指導者の指示がある場合もある…
指導者は正しい方向へと導く者たちではないのだろうか…
スポーツが戦争と化す…
そんな日があっては絶対にいけない。
先生はスポーツを通して平和を成してこられた。
相手を恋人だと思ってプレーされた。
スポーツを楽しむ全ての人たちがこのような考えでプレーするならばどれほど良いだろうか…
「磨き上げた技術をどのように使うのか」と題して書いたが、スポーツ界にはびこるこれらの問題が必ず根絶されることを祈る。
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