摂理に来て変化したこと

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今日は僕が摂理に来て変化したこと、特に考え方の変化について書こうと思います。

 

 

自分のことを分かってくれる人はこの世にはいない

どれだけ仲のいい友達でも、家族でも・・・

 

 

これが僕の摂理に来る前の考え方でした。

 

多かれ少なかれ人に期待してしまうことってありますよね。

「何で自分のことを分かってくれないんだ」と。

 

 

でも、摂理に来てその考え方が間違っていることに気付きました。

「“人”に自分の全てを分かってもらうことは不可能」

 

それで僕の考え方が変化しました。

どのようにか?

自分のことを分かってくれなくてもいい!と開き直ったわけではありません(笑)

自分で全てを抱え込んで生きて行こう!と決心したわけでもありません(笑)

 

 

ヘブル人への手紙2章18節

主ご自身、試錬を受けて苦しまれたからこそ、試練の中にある者たちを助けることができるのである。

 

キリストの生き様の中に自分の心の問題を解くカギが入っています。

キリストは人間として受けうる全ての苦痛を受けたと鄭明析牧師が教えてくださったのですが、キリストという存在が僕以上に「自分のことを分かってほしい」と切実に願っていたことが分かりました。

 

そのキリストの生き様の中に自分を見たときに、僕の考えに変化が起きました。

「分かってもらえない」ことを嘆くよりも、「他の人たちのことを分かってあげられているのかな?」と自分を省みることができるようになりました!

キリストの生き様を分かったからこそ、このように自分の心の問題が解かれ、考え方にも大きな変化が起きました!

 

 

みなさんも是非ともキリストの生き様を学んでみてください!

みなさん各自の人生の中で経験した悲痛が解かれることを願っております☆

投稿者プロフィール

LDK
LDK
韓国在住。
少年野球チームのコーチ。
2018年、2019年には全国大会にて優勝。
日々、子どもたちと切磋琢磨しながら、野球チームの表象(モデルケース)を作ることに奮闘している。
日韓関係が悪化する中でも韓国の地で活動し続ける思いは一つ、日韓の架け橋になるため。
野球という文化・芸術を通して世界に平和の歴史を作ることが夢。
好きな食べ物は寿司、韓国料理の中ではタクトリタンとチャンポン。
既婚、一児のパパ。

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