オリンピック選手たちが背負うモノ~国の代表~

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なかなか忙しい日々。
高校・大学時代を彷彿させる野球漬けの日々。
でも、確かに高校・大学時代と違うことは、プロだということ。
選手たちの選手生命が自分の手にかかっている、それ相応の責任がある。
だから自分がプレーすることよりも3倍はもっと神経を使う。

 

さて、平昌オリンピックが開幕して、各競技がヒートアップしてきている。
そんな最中、オリンピックに出場する選手たちが背負うモノについて考えてみた。

オリンピックに出場する選手たちは国の代表。
国の代表ということが一体どれほどのことなのか…

僕は国の代表として競技に参加したことはないが、
今、異国の地で野球のコーチ生活をしながら国の代表という重みを感じている。

なぜならば、
自分がどうするかによって、日本人のイメージが決まってしまいかねないからだ。

自分ひとりを通して「日本人は・・・」という観念を人々が持つようになることもあり得るのだ。

高校・大学時代にはよく教育された。
自分ひとりの行ないによって、「あの高校の野球部は・・・」「あの大学の野球部は・・・」から発展して、
「あの高校は・・・」「あの大学は・・・」と良くも悪くも人々の認識を作り出してしまう。
自分ひとりの行ないによって…

 

オリンピック選手たちは本当に大きなモノを背負ってプレーしていると思う。
国の代表という、その重圧は言葉では言い表せないだろう。
でも、だからこそ自分の力以上のモノを発揮できると思う。
使命の力とでも言えるだろうか…

 

みなさんは自分の使命について考えたことがあるだろうか?
自分は何のために生まれて来たのか?
せっかくの人生、何を残すことができるのだろうか?

先生は残るものがあってこそ希望があると教育してくださった。
自分の趣味生活に自分の人生一生を捧げて終わって良いのか?
今のままでいいのか?

オリンピックの選手たちのプレーする姿を通して、
自分を奮い立たせる機会に。

あなたの背負うものは国の代表よりももっと大きなモノかもしれない。

投稿者プロフィール

LDK
LDK
韓国在住。
少年野球チームのコーチ。
2018年、2019年には全国大会にて優勝。
日々、子どもたちと切磋琢磨しながら、野球チームの表象(モデルケース)を作ることに奮闘している。
日韓関係が悪化する中でも韓国の地で活動し続ける思いは一つ、日韓の架け橋になるため。
野球という文化・芸術を通して世界に平和の歴史を作ることが夢。
好きな食べ物は寿司、韓国料理の中ではタクトリタンとチャンポン。
既婚、一児のパパ。

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