「勝利した」ときの喜び

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日々<勝利>という目的ただ一つだけを考えて、

来る日も来る日も汗を流して労苦してきた。

その労苦が<勝利>という形で報われたときには、

<勝利>の過程で味わったすべての痛み苦しみが吹き飛び、

最高の喜びが沸き上がった。

 

人は目的を持って生きる生き物だ。
そして、人はその目的に向かって多かれ少なかれ努力して生きるわけであるが、
その目的を達成できたときの、すなわち「勝利した」ときの喜びはひときわであり、
その喜びのために日々努力するといっても過言ではない。

また、その目的にかけた時間と努力の度合に比例して「勝利した」ときの喜びは万倍・億倍になるがゆえに、
その目的に向かって投資に投資を重ねるわけである。

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スポーツはこの「勝利した」ときの喜びを極度に感じることができるものだと思う。
だからどんなに苦しい練習にも耐えに耐えて自分自身を練達していると思う。

 

さて…

 

人生における<勝利>とは何であろうか?

自分は一体80年という人生の中で何を成し遂げたら「勝利した」と言えるだろうか?

何を成し遂げたならば「勝利した」ときの喜びを得ることができるだろうか?

 

 

この問いの答えを見つけ、その答えの通りに生きることができるならば、
それは「勝利した」ときの喜びが連続して溢れる生だと言えるであろう。

 

 

マタイによる福音書7章7節
求めよ、そうすれば、与えられるであろう。
捜せ、そうすれば、見いだすであろう。
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

 

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投稿者プロフィール

LDK
LDK
韓国在住。
少年野球チームのコーチ。
2018年、2019年には全国大会にて優勝。
日々、子どもたちと切磋琢磨しながら、野球チームの表象(モデルケース)を作ることに奮闘している。
日韓関係が悪化する中でも韓国の地で活動し続ける思いは一つ、日韓の架け橋になるため。
野球という文化・芸術を通して世界に平和の歴史を作ることが夢。
好きな食べ物はラーメン、韓国料理の中ではタクトリタンとチャンポン。
既婚、一児のパパ。

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