イチオシ | 日記

切実な思いが届いたとき。。。

2016年12月9日
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今日は
摂理スポーツの著者が
摂理に出会ったときのことを
回想しようと思います。

 

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大学院1年生の冬。
研究がうまくいかなくて、
自分がやりたいことをうまく表現できなくて、
本当に苦しく、辛く、大学に行くのが怖かった。

教授は
自分の人生をよく省みてくださる方であったにも関わらず、
自分自ら距離を置くようになってしまった。

 

現実逃避のためにギャンブルをした。

お酒もたくさん飲んだ。

 

そんな自分自身が本当に嫌いだった。

 

また、
大学4年まで
野球をやってきたのだが、

野球を通して経験した
様々な労苦が
自分の人生に
何の意味があるのか
分からなくなった。

 

十数年もの歳月を
「野球」という一つの物事に
懸けてきたわけだが、
「何が残ったか?」と問うならば
答えを出すことができず、
本当に苦しかった。

 

何か
奇跡的に
自分の人生が変わることを
ただ願っていた…

 

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そんな自分が
変わることのできる
“きっかけ”を与えてくれたのは
摂理だった!
摂理の御言葉だった!

 

人は
「神様」というと
何か現実には起こりえない
“奇跡”を起こしてくれると
考える人もいるが、

鄭明析牧師は
神様がなさる奇跡について
このように教えてくださった。

「人が考え望むような、
突然天からお金を降らすとか
そういった奇跡ではない。

神様は
御言葉を伝え、
その御言葉によって
人が変化できるように
導いてくださる。

『人が変化すること』

これが奇跡だ。」と。

 

「自分を変えることができるのは
他でもない自分。

自分が変わることのできる
手助けを
最大限してくださる神様。

御言葉で
一つひとつ具体的に
コーチしてくださる神様だけれども、
その御言葉を行なうという
責任を果たすのは自分。」

 

何の労苦もなしに
目の前にある現状が変わることを期待して
ただただ願うばかりだった
この自分の間違った考えを
正してくださったのだ。

そうして
摂理の御言葉を聞いて
実践をしていくことで、
日ごとに変化していく自分を見るようになった。

 

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「『救い』とは自分の価値を回復することだ」
と鄭明析牧師は教えてくださった。

本当に
自分のことが
嫌いだったけれども、

御言葉を行いながら
自分を変化させることによって
自分の価値を見出すことができるようになった。

まさに
『救い』を
得たのだった!

 

とはいうものの、
自分の価値を回復する道のりは
正直簡単なものではない。

宗教は
弱い人が心の拠り所とするものだろうなどと
考えていたけれども、
自分を変えるためには
大きなエネルギーが
必要だった。

 

私は
正直に言えば、
心が弱い方だと思う。

しかし、
自分を変えるための
大きなエネルギーは持っていたと思う。

それは
「本当に変わりたい」という
“切実な思い”だった。

 

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もがいて心と思いと命を尽くさなければならない。
そうしてこそ「生活の傑作」が生まれる。

 

「もがきが傑作品を生む」

鄭明析牧師は
何もない山奥で生まれ、
人生の生きる意味を
模索されながら、

聖書について
神様について
数十年も研究され、
もがいて聖書の御言葉を実践し、
困難な状況下でも
もがいて多くの真理の御言葉を
残されている。

そんな鄭明析牧師の姿をモデルにしながら
自分自身ももがく中で、
変わりたいという“切実な思い”が
現実のものとなった。

 

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「神様は
自分が神様のことを知らなかったとしても
ずっとそばにいてくださった。
自分の切実な思いを
神様は聞いてくださった。」

 

切実な思いが届いたとき。

それが摂理に出会ったときだ!

 

摂理に出会ってからは
本当に多くのことを学んだし、
本当に多くの“奇跡”と呼べる
“自分自身の変化”が起こった。

 

自分が大きく変わったことの一つは
「考え」だ。

「人間は考えで生きていく。
考えたことを体で行なうのが人間。
だから
どのような考えを持つかが重要だ。
考えによって運命が左右される。
考えが核だ。」

 

イザヤ書55章9節
天が地よりも高いように、
わが道は、
あなたがたの道よりも高く、
わが思いは、
あなたがたの思いよりも高い。

 

自分の考えよりも
広く、高く、深い
「神様の考え」、
すなわち「御言葉」が
自分の考えを
完全に変えてくれた。

そうして自分の行いが変わり、
人生が変わったことは、
紛れもない事実だ。

 

また、
様々なものの「価値観」が
大きく変化した。

特に「命」について。

 

マタイによる福音書16章26節
たとい人が全世界をもうけても、
自分の命を損したら、
なんの得になろうか。
また、
人はどんな代価を払って、
その命を買いもどすことができようか。

 

ベトナム戦争を経験されながら
命の価値を大きく悟られた鄭明析牧師。

鄭明析牧師の語る言葉の中には
深い命への愛が込められていることを感じる。

 

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これは、
鄭明析牧師の故郷である
月明洞にある岩の写真である。

韓国語で
「命を愛しなさい」と
刻まれている。

 

私は、
他人の命を
大切にすることは
してきたけれども、

真に
自分の命を大切にし、
愛することができていなかった、
ということに気が付くことができた。

 

この地に生きて存在する自分が
どれほど貴重で価値ある存在なのか?

 

このことを教えてくれたのは
他でもない
鄭明析牧師だ!

 

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「自分は
どんな姿なのか、
自分自身を
見直しなさい。

自分を見て
無条件、
『大したものではない。』
と言うな。

あなたたち自身の人生も、
尊いのに
正しく見ることができずにいる。」

 

 

今は
自分自身を傷つけることをやめ、
自分自身を価値あるものとして
見ることができるようになった。

過去の自分を回想して思うことは、
本当に
自分が自分自身のことを
価値のないものとして
見てしまっていたということ。

 

 

自分の価値を見出すことは
本当に難しい。

 

 

様々なことが起こっている
この世の中で、
自分の価値を失っている人、
誰にも言えない悩みを持っている人、
切実な思いを抱いてもがいている人、
様々な人がいると思うけれども、

そのような人たちの
“切実な思い”が神様に届き、
摂理に出会うことができますように、
心から祈っております。

 

摂理に出会ってちょうど4年経った今日、
筆を執った。

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