イチオシ | コラム

人生はまるでサッカーの競技のようなもので、個人戦であると同時に団体戦である。

2017年2月6日
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人生はまるでサッカーの競技のようなもので、個人戦であると同時に団体戦である。

 

これは鄭明析牧師がサッカーを通して人生とはどういうものなのかについて深く教育してくださる言葉である。

しかし、この言葉だけを聞いたのでは一体何を言っているのか正直わからない。

 

鄭明析牧師は以下のようにこの言葉の解説と悟られた経緯を話してくださった。

人間は誰でも生きている間には、絶対的な個人的責任と生活があり、その個人が共同体になって団体つまり家庭あるいは民族、世界型として、各々その責任と、その形成による生活がある。
結局個人とあるグループは、切り離すことはできない授受一体関係だ。

また、個人の生活は、自分がその生活を絶対的に責任を負って生きていかなければならない。

私の生活は難しくて大変だけれども、誰も代わりに生きてくれることはできないし、私が生きていかなければならないということを悟るようになった。
越冬の準備期間だったので、薪(たきぎ)を集めに行った時、家の近くの谷で薪一束を横に置いて、一人で谷を眺めながら、考えが谷のように深まったある日であった。

 

サッカーについて教えてくれる人たちは多いけれども、
サッカーを通して人生のことをここまで深く教えてくれる人はいないと思う。

サッカーをしている方々には、
ぜひとも人生哲学として覚えておいていただきたい言葉だ。

人生はまるでサッカーの競技のようなもので、個人戦であると同時に団体戦である。

 

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