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【師弟同行】信じるということ

2017年5月10日

みなさんは誰かを信じたことがありますか?

また、誰かから信頼されていると感じたことがありますか?

 

 

野球のサインプレーを通じてこんな質問が思い浮かびました。

 

 

監督は選手のことを信じてサインを出すし、
選手は監督のことを信じてサインを実行に移す。

双方の「信」が合わさった時に成功するのがサインプレーではないかと思います。

 

しかし、信じるということは容易なことではないと感じます。

監督にとっては、
選手の過去の失敗が頭をよぎる。

でも次はうまくできるだろうと選手を信じてサインを出す。

 

選手にとっては、
自分の考えとは異なるサインが出ることがある。

でも監督の考えを信じてサインを実行する。

 

 

先日の試合でそのような経験をしました。

「甘く入ったら打たれるかもしれない」と迷いましたが、
サインを出すときには選手の力を信じてストレート勝負を懸けました。
結果、三振を奪うことができました!

もちろん、結果論的な論議でもあるかもしれませんが、
信じるという土台の上に出た結果であると信じます!

 

 

信仰においても同じではないかと考えました。

 

神様という存在を認めて、
神様がおっしゃる御言葉を信じて行なってみたときに、
監督と選手の間のような信頼関係(すなわち信仰)が生まれると思います。

 

主を少しだけ信じるから、疑いが生じて、結局信じられなくなるのだ。
たくさん信じてこそ、疑わずに完全について行く。

 

鄭明析牧師がおっしゃるように、
少しだけ信じるのではなく、
たくさん信じてこそだということを忘れないで、
野球も信仰も熱心に取り組んでいきたいと思います!!

 

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