イチオシ | コラム

人生はまるでサッカーの競技のようなもので、個人戦であると同時に団体戦である。

By on 2017年2月6日

人生はまるでサッカーの競技のようなもので、個人戦であると同時に団体戦である。

 

これは鄭明析牧師がサッカーを通して人生とはどういうものなのかについて深く教育してくださる言葉である。

しかし、この言葉だけを聞いたのでは一体何を言っているのか正直わからない。

 

鄭明析牧師は以下のようにこの言葉の解説と悟られた経緯を話してくださった。

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日記

野球は9回2アウトから。人生はもうダメだと思ったときから。

By on 2016年12月6日

韓国のとある弁護士の話。
彼は高校2年生まで野球をしていたが自身の実力に限界を感じて引退を決意する。
しかしその時の学校での勉強の成績は1700人くらいの中でワースト10に入るほど。
そんな状況の中でも、決心をして、勉強に専念することに。。。
その後、弁護士になり、ご自身の経験を元に啓発本を書き上げるまでになった。

彼は自身の人生を通して、
「自分もどん底と言えるような状況から努力することで成功することができたのだから、あなたたちもできる」と希望のメッセージを伝えてくれている。

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さて、野球には「野球は9回2アウトから」という言葉がある。
この言葉は「たとえ9回2アウトまで負けていたとしても逆転することができる、あきらめるな!」ということであるし、
また「たとえ9回2アウトまで勝っていたとしても逆転負けすることもありうる、気をゆるめるな!」ということである。

僕自身の考えであるが、
野球の一番の面白いところはこの9回2アウトという試合がもうすでに終わったと言えるような場面であっても何が起こるかわからない、逆転劇があり得るところだと思う。
言葉を少し変えるならば、万事休すと言えるような状況だとしても「覆す」ことのできるスポーツだから面白い。

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<行ない>によって、うまくいかなかったことを覆して成功することもある。

これは野球に限ったことではなく、
人生においても全く同じであると思う。

野球でいう9回2アウトのような、もうダメだと思ってあきらめたくなるような状況であったとしても、
鄭明析牧師の言葉にあるように<行ない>によって「覆し」て成功することが可能だと思う。

これまでやってきたことがダメだと思えても、
他の道に行こうと思ったが現状行く先真っ暗だとしても、
<行ない>が「覆す」カギであるということは真理だと思う。

「行なおう、行なおう」
そう何度も自分に言い聞かせて<行ない>で状況を「覆す」!

そうやってこれから僕自身人生を歩んでいきたいと思うし、
この記事を読んでくださった方も何かダメだと思ってあきらめたくなるような状況があるならば力を出してくだされば幸いです^^

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コラム

登山と人生

By on 2016年1月12日

登山家・栗城史多氏は「人は誰もが冒険し、見えない山を登っている。」と言いました。

人生の中で目の前に立ちはだかる困難なことや様々な問題は、まさに<見えない山>と言えるでしょう。

 

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あなたがもう<一次元>上げようとするなら
「あなたの前の山」を越えていかなければならない。

 

次元は水準とも言い換えられますが、今の自分の生活水準をあげようと思うならば<見えない山>を越えていかなければなりません。

人はもっと良い“モノ”を慕いますが、行動せずしてタダで手に入れることはできません。

目の前に立ちはだかる<見えない山>を越えてこそ、今よりもっと良い“モノ”を手に入れることができます。

 

 

さて、どのようにすれば目の前に立ちはだかる<見えない山>を越えていくことができるのでしょうか?

 

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最善を尽くして「山の頂上」に登ってこそ、東西南北すべてを見おろして、やりがいを満喫する。
このように「最善」を尽くして行なってこそ、すべてを得て生きる。

 

登山家はいつも死と隣り合わせ。

最善を尽くさなければ命を落としてしまう状況ですが、そのような状況ではないとしても、同じくらいの思いを持って最善を尽くしてこそ<見えない山>も越え、もっと良い“モノ”を手に入れることができます。

 

 

とは言うものの、目の前にそびえ立つ山々は高く高い・・・

越えようとする前に心が折れてしまいそうな時があるのではないでしょうか。

栗城史多氏は「最初から無理だと決めつけていたある登山。山では生きて帰るために必死に頑張るしかなかった、自分は勝手に限界を決めていたのだと気付た」と言いました。

<見えない山>も越えようとする前に無理だと決めつけていないのか、今一度点検してみてください。

 

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決心してやろうとすれば、
「山ほどの大きいこと」も「家」のように見える。

 

「よし、やろう!」と自分に言い聞かせ、心を決めるならば、この言葉の通り、大きく見えていた山も小さく見えるのではないでしょうか。

 

さらに鄭明析牧師はこのようにコーチしてくださいました。

<高くのぼる時、次元を上げる時>その時はもっと「力」を出し、「熱心」を出さなければならない。
のぼって行くときだけが大変なのであって、大変な思いをしてのぼりきったら、そこからは「平地」と同じで、大変ではない。

 

山の頂上にのぼる時にもっと力を出すように、もっと良い”モノ”をつかむためにはもっと力を出さなければなりません。

そうするならば、各自に該当する<見えない山>を越えて、山の頂上から見えるの”絶景”を満喫することができます!

 

 

 

登山と人生。

あなたの目の前にある<見えない山>を越えるのは、他の誰でもない、あなたです。

そして、その<見えない山>を越えて”絶景”を満喫するのも、他の誰でもない、あなたです。

 

 

参考:摂理のコミュニティサイト・マンデー(主日の御言葉)(一行メンター)登山家・栗城史多氏のオフィシャルサイト

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