汗よりももっと上のもの、それは、見えない心情の涙だ!

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人間最高の挑戦と実践とは何か?ギネス記録に挑戦することなのか?

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命を懸けて行う者は、命を懸けて行う者を認める。

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人生はまるでサッカーの競技のようなもので、個人戦であると同時に団体戦である。

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日記

御言葉について

By on 2015年7月10日

言葉の影響力

「あの人の一言がなかったら今の自分はなかった…」

「あの人の一言が今も自分の中に傷として残っている…」

こんなことはありませんかね?

 

良くも悪くも言葉の影響力が大きいです。

 

日本には「ことだま」という言葉がありますがご存じでしょうか?

ことだま(デジタル大辞林)  
古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。
発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた。

言葉には不思議な力があることを経験的に多くの人たちが感じてきた表れかと思います。

 

先日、本屋さんに立ち寄ったときに、こんな本を発見しました。

『ことだま ~野球魂を熱くする名言集~』

 

その中で紹介されていた詩が印象的でした。

「ピンチの 裏側」   山本よしき 詩
神様は 決して
ピンチだけを お与えに ならない
ピンチの 裏側に 必ず
ピンチと 同じ 大きさの チャンスを
用意して下さっている
愚痴をこぼしたり
ヤケを起こすと
チャンスを 見つける目が曇り
ピンチを 切り抜ける
エネルギーさえ失せてしまう
ピンチは チャンス
どっしり かまえて
ピンチの 裏側に
用意されている
チャンスを 見つけよう

2007年夏、高校野球界は特待生問題で学校スポーツとしての野球の在り方を問われる中、公立高校である佐賀北高校が優勝しました!

その佐賀北高校の部室に飾ってあった詩がこの詩です!!

 

 (試合経緯)

決勝戦、後攻・佐賀北は4点のビハインドを背負って8回を迎えます。
佐賀北ナインはまさに「ピンチ」でした。
強豪校相手に4点差、残り2イニング・・・
そんな中でこの「言葉」がナインを後押しするかのようにチャンスが巡ってきます。
1アウト満塁のチャンス。
2番打者が四球を選んで1点返したその直後、3番打者が逆転満塁ホームラン!!!!!
その後逃げ切って佐賀北は優勝旗を手にしました[1]。
佐賀北ナインが神様を信じて呼び求めたのかどうかは分かりませんが、少なくとも日々部室で目にしたこの「言葉」が彼らの精神に大きな影響を与えたことは間違いないと思います。

※鄭明析牧師は「ホームランはひたすら神様」と話してくださったこともありました。

 

御言葉

さて、言葉には影響力があることを話してきましたが、もっと根本的に大きな言葉の影響を与えてくれるのが、神様の言葉、すなわち、御言葉です。

聖書はその一つです。  

奴隷解放宣言をしたリンカーンは御言葉によって国を立て直そうと決意するようになりました。

マタイによる福音書12章25節
イエスは彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない。

戦争を終結させ、一国に平和をもたらす契機となったのは御言葉でした。

もちろん、家庭、個人でも、御言葉によって大きく影響を受けた例がたくさんあると思います。

僕も御言葉によって人生を転換した一人です!

 

みなさんも御言葉に触れてみてください!

何か一つでも自分の人生を変える言葉があるはずです!!

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日記

真理について

By on 2015年7月2日

真理とは何なのか?

 

真理は一つである。

その説明の方法が違うだけである。

真理には教派も国境もない。

 

なるほど、互いに敵対している教理・思想・信条もよくよく考えてみれば、説明の方法が違うだけということもあるかもしれません…

 

——–

 

聖書に関して、本当に多くの解釈が存在しています。

しかし、いくら解釈したとしても、真実・史実は一つです。

聖書の中では無理な解釈をしてはいけないことが書かれています。

 

ペテロの第二の手紙3章16節

彼は、どの手紙にもこれらのことを述べている。その手紙の中には、ところどころ、わかりにくい箇所もあって、無学で心の定まらない者たちは、ほかの聖書についてもしているように、無理な解釈をほどこして、自分の滅亡を招いている。

 

 

真理を探ろうとする切実な思いが変質し、聖書の戒めを外れて解釈してしまっている現状なのは悲しいことです。

この聖書の箇所を参照しながら鄭明析牧師はこのように教えてくださいました。

 

2015/06/28

聖書を無理矢理に解いて行なう人とは、神様と聖霊様と御子主の真理から離れて、「自分の主観」で聖書を解いて行なう人を言います。

聖書は「神様の御心」どおりに解かなければなりません。

現実に成されたとおりに解かなければいけないし、無理矢理に解いたことは、歴史が過ぎていっても、聖書が成就しません。

 

僕も自分の主観で聖書を解いて行なわず、正しく学んで聖書の御言葉(真理)を実践していきたいと思います。

 

 

ちなみに、聖書が真理かどうかはについては、聖書に書かれていることを正しく学んでその通りに行なってみたときに、現実に成されたことを見て確認することができます!

 

最後にあるカウンセラーの体験記に書かれていた一説の言い回しがぴったりだったので紹介します。

 

それが嘘だという人は,未だそれを探り当てていないだけである.

 

僕が自分自身で探り当てたと言っているわけではありませんよ。

摂理に来て学んでみてください☆

 

 

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日記

言うは易く、行うは難し

By on 2015年6月28日

「言うは易く、行うは難し」とよく言いますね。

口約束をするものの、実際に行動が伴わない、ということはよくあることではないでしょうか…

 

言ったことは必ず成し遂げる代名詞は鄭明析牧師!

やらないことは言わない、やっていないことは言わない。

 

 

実践者の言葉はその説得力が違います。

摂理の御言葉はすべて鄭明析牧師の実践がもとになっている言葉です!

 

2014/12/14

やればできるし、やらなければできない

 

僕も言ったことは必ず実践する人間を目指します!

 

 

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